2008年2月17日日曜日

おさけ

こんばんは。寒い日が続きますね。円谷です。寒い日には暖めたお酒がおいしいと
父が言っていました。私はまだ舌が子供なのでお酒のおいしさはわかりません。


というわけで、今日は「お酒」のお話です。



お酒。お酒。慶事、弔辞、冠婚葬祭。あらゆる場においてお酒は大活躍です。
飲んで盛り上がって誰かとお話したりするのは楽しいですね。
いいお酒を手に入れようと思ったらそれはそれで高価ではありますが、クオリティを求めないのなら、つまり単に楽しむだけならば、お酒は安価に手に入ります。
それだけ気軽な存在となったお酒ですが、昔は町民にとって非常に神妙な存在であり、厳かに扱われるべきであったと言われています。

時は平安、多くの利益が神様の思し召しであった時代のことです。
事の起こりは奈良のとある神社。
その神社で祭られていた神様には「自らを模った像をつくるべからず」という戒律があるとされており、お社自体は非常に小さいものでした。そんな小さな神社ですから、お社を管理しているのは巫女さんと宮司の2人だけでした。

さてさて話は飛躍しますが、ある時宮司さんと巫女さんが病に罹ります。
神社を管理しているのは2人だけでしたので、人を欠かす訳にはいかぬと体を庇って
お供え物の米と水と果物をちゃんと毎日奉げたり神社のお掃除をしたりしていましたが、
無理することが体に良い訳がなく、ついには倒れてしまいました。

神社で仕事をしていた2人は、もちろん早く治ることを望みました。
現代で考えれば病気を治すには医者が必要ですが、この当時は病気を治すのは祈祷師の役目でした。神の下にいる2人が病に罹るなどこの2人が悪人である証であるとした祈祷師は2人をお社から引き離し、ろくな処置もされないまま隔離してしまいました。

人がいなくなってしまった神社ですが、ここでちょっとした偶然が起きていました。
お供え物の果物が何かの偶然で水の中に落っこちており、果物は長いこと水に漬かっていました。
冷暗所に果物と水。当然、果物は水の中で醗酵します。その状態で、神社は3ヶ月ほどほったらかしにされていました。その間に、水は果実酒となっていたのですが…

人がいなくなった神社にはまぁあまりいい人は来ず、悪人っぽい人、当時は野武士といいましたが、野武士達が無人の神社を見つけ、お供え物がそのままであったらば、供え物を食べてしまうことは茶飯事でした。その神社にも、悪い人たちが住まうようになってしまいました。

1人の野武士が金目のものを物色していたとき、小さな机の上にあったお供え物を見つけました。
供えてあった水を一気に煽った時、水から果物っぽい味がして、その後に一気に苦味が舌に刺さり、喉を焼くような感触がしたそうです。野武士はあわてて水を吐き出しますが、顔は見る見る内に赤くなり、くるくるふらふらと歩きながら倒れてしまいました。

その様子を見たほかの野武士達は、供え物を飲んでしまったから神様の怒りに触れたのだと慌てたそうなんです。

この事態を聞きつけた祈祷師は状況を分析しました。
祈祷師の分析は「水には神が宿っており、神を口に含んだ野武士に罰を与えた」という結論を弾き出ししました。

後に果物や米が水に漬かっていれば水が変になるということを別の社の宮司さんが見つけ出し、口にしても安全であることが実証されます。
しかしながらこの"変な水"、元々はお供え物であったし、下手に飲むと死にかねません。
加えて水が変質するのは「神様が水に宿っておられるからだ」という考え方が強かったのです。
条件がそろえば作れるが、この水を不必要に飲んではならない、というルールが暗黙のうちに出来てきました。しかしまぁ、飲むと少し気分がよくなることも一部の人たちは知っていましたから、ルールを破らずとも、お酒を飲む前には皆一度その神様に頭を下げてから、ということが一般的でした。


お酒は神妙なものであると同時にドラッグのような扱いであったのです。
みんなこの変になった水のことを畏敬の念からから避けました。
後に「避け水(さけみず)」と呼ばれるようになります。
これが転じて、後に「お酒」と呼ばれるようになったのです。

お祭りの時は避け水を作り、神様が水に宿っておられるとしてお社に置いておきました。
そして、避け水を入れた器のことを、「器」を丁寧にした言い方で「御器(みき)」と言っていました。
後に信仰が強くなっていくにつれて、御器をさらに丁寧にした言い方で「御御器(おみき)」と呼称が
変化していきました。後にこの字に「御神酒」という漢字が当てられることとなります。


さてさて、お酒がとっても厳かであることがわかっていただけたでしょうか。
皆さんもお酒を煽る前は、ちょっとお酒について考えてから、大切に味わうようにしましょう!

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